山田 達也 (やまだ たつや)

自己紹介・経歴

愛知県の豊田市で生まれ工務店の息子として木に囲まれた環境で育つ。中学を卒業後に豊田高専建築学科にて建築を学ぶ。
その後建築の勉強をさらにしたいと思い名古屋工業大学に入学。大学では建物の耐震の分野を専攻し研究に没頭。
学生時代は国内外建築物を見に様々な場所に旅行にでかける。

卒業後はゼネコンの清水建設に入社。
現場監督の役職についてものづくりの最前線である現場に経験を積む。また構造設計の仕事も経験することでさらに建築に対する理解を深める。

その後現在の「建築工房きらく」を立ち上げる。
今までの現場の経験と構造設計で培った経験を生かした「家づくり」を行う。

DATA

生年月日
昭和63年8月24日
星座
おとめ座
血液型
A型
趣味
パワーリフティング・筋トレで様々な大会に出場しライフワークとなりつつある。
国体のパワーリフティング競技の愛知県代表に選ばれ、現在猛特訓中。

清水建設~現在にいたるまで

社会人になり、東京での1か月半の形式的な研修を終えて初めて配属された現場が岐阜県の大規模な工場の新築現場でした。
いざ、勤めてみると小さいころから建築に囲まれて育ち大学でもどっぷりと勉強をしたつもりでしたが、あまりのスケールの大きさと座学とのギャップに圧倒されました。

朝は8:00からの朝礼とラジオ体操に始まり、昼間は何百人と働く現場の工程や品質、安全の管理をしていました。
当時を振り返ると本当に情けない話ですが強面の職人さんに怒鳴られて半べそをかいたこともありました。夕方へとへとになってデスクに戻った後は、山となった書類の整理を夜中までしていました。
そんな毎日を過ごし、浜松、三島、伊豆と様々な地に転勤をし、現場経験を積んでいきました。

現場監督をしていて最も良かったことは、多くの人と話をできたことだと思います。
仕事に対する姿勢や上司と部下の上下関係、歳の差を超えた横のつながりなど多くを学ぶことができたと思います。

社会人3年目を終える頃、仕事のやりがいも感じ始めていましたが「同時にこのままでいいのか?」という疑問をいだくようになりました。
長時間労働も大変でしたが、それ以上に小さいころから見てきた家づくりに携わってみたいという思いがだんだんと強くなってきたのです。
そんな時、地元名古屋の設計事務所から『ウチで働いてみないか?』というお誘いをいただきました。
自分のしたいことに一歩近づくために思い切って転職をしたのです。

設計事務所では主に構造設計を行っていました。
そのおかげで戸建て住宅に限らず、マンションやビルなど大型施設の構造設計も経験することができました。

“構造設計”って聞きなれない言葉かもしれませんが、簡単に言うと地震で建物が壊れないかを計算する仕事です。
一つの建物を作るのに300~500枚くらいの計算用紙が作成されるんです。

ちなみに一般的な木造住宅は構造計算って実はしていないに等しいってご存知ですか?
法律上の基準を満たしていればOKなんです。
でも私は計算をしないから手を抜くのではなく、しないからこそ十分に検討をして納得のいく工法を選定することが大切になってくると思います。
(私の場合は新在来パネル工法でした。)
構造設計の仕事と並行し、準備を進めていた現在の会社、建築工房きらくを開設いたしました。

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